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早稲田大学現代文学会公式サイト(部室は学生会館E515)

カテゴリにある「更新情報」の頁を参考にするとまとまった情報が手に入ります。

早稲田大学現代文学会とは?

About us
早稲田大学現代文学会(通称:げんぶん)の歴史は古く、日中戦争の頃から存在するという記録もあります。 主な活動は、読書会・勉強会、講演会の企画、機関誌の発行・販売の三つです。 しかし実際には、これだけではないのです。 部室でお喋りしてみたり、外でお酒を呑んだり、部室のパソコンをいじったり…… あなたのこうした活動全てが、げんぶんの活動にもなるのです。 つまり、あなたによって現文は変わっていくのです。
 
げんぶんは特定の色を持ってはいません。 会員一人一人が強烈な個性を持ち、その方向性は様々です。 文学一般・批評理論・哲学・思想・映画・音楽・演劇など、これらの他ジャンルが絡み合うところに関係が築かれていきます。 全く違うことをやっている人から多大な刺激を受けたり、方向が似た人と一緒に読書会を開いてみたり。 何よりも会員のみなさんが今一番やりたいこと、勉強したいことを支える場がここにはあります。
留学生の方も、大歓迎です。2013年度にはエストニアから来た留学生もいらっしゃいました。
 
そんなげんぶんですが、主な活動は三つあります。それぞれ説明します。
まず一つ目が、勉強会です。勉強会とは、日々の学問的関心から来る探求についての相談や結果報告です。大学に入ると様々な学問分野を勉強するようになります。その時、一人ではどうしても充分に解決できない場合があります。例えば自分のレポートや演習の発表のアイディアがうまく浮かばないときや、浮かんでいるけれど客観的に見てほしいときなど。そんなときに自分で開催して、会員がそれを助けるのが勉強会です。
 
次に、読書会です。げんぶんの読書会は他のサークルと少なからず違ったものとなっています。まず、普通の文芸サークルで は司会や開催者が意見を言うことが中心となっていますが、げんぶんでは参加者全員が参加する形式となっています。もちろん、全員参加といってもきちんとした意見を言うのではなくて、何でも良いから感想を言ってみよう、というものでハードルはとても低いものです。次に、普通の文芸サー クルでは論点を開催者が絞ってしまうのですが、この読書会では開催時にだんだんと論点が決まっ ていく形式をとっています。みんなの意見を司会が総合して議論の方向を定めていくのです。最後の三つ目ですが、それは結論が複数あるというものです。その理由は、この読書会の最大の目的は 一冊の本についてどれほどの読み方がありえるか、というのをきちんと提示していくことが大事だという方針があるからです。ただ「人それぞれの読み方がある」と言うのではないのがポイントです。議論の結果、参加者全員が認める複数の読み方を提出する、ということを重視しています。
 
勉強会、読書会という二つの活動の紹介を終えました。
最後に、三つ目の活動である講演会について説明します。
講演会は、会員が学問的な関心を持って講演会を企画して、その意図に沿った人物にお越し頂いて講演をしてもらうということです。
 
以上で主な活動についての説明を終わります。ちなみに、これらの活動の総合的な位置に機関誌「Mare」があります。年二回、文学フリマにて頒布しています。
 

ところで、サークルの名前に付けるには、「現代」という言葉はあまりにもいい加減であるように思えます。発足した昭和10年ごろから今まではとりあえず「現代」という範疇に収めてもいいでしょうが、今日の「現代」は絶対にいつの日か「現代」では決してありえなくなるのですから。例えば今から2000年が経ったとして、残された我々にとっての「現代」の何かしらのアーカイヴがあったとして、そこにまったく偶然にも「早稲田大学現代文学会」の名があったとして、それが解読できた我々とそんなに変わらない人間がいたとしたら、彼/彼女はきっとその名前に寒々しい気持ちがするに違いありません。恐ろしく古色蒼然としたものに大辞泉の言うところの「現在の時代。今の世。当世。」という名前がついているのですから。この名前は長く保存されることにはまったく向いていないと言わざるを得ないでしょう。

「現代」という言葉のいい加減さは、しかし、そのまま身動きの取りやすさにつながりもします。「現代」という言葉はそれを発する主体と結びつかなければ何も意味を成しません。ですから、大学サークルという性質上、世代交代が不可避であるげんぶんは、その都度その都度の集う人々の「現代」によって自在に変化することを名にし負う共同体であるわけです。それがおそらくある程度は実際に行われたから、ともかく現在のげんぶんがこのように現存するのでしょう。上の「主な活動」だって、この公式サイトが出来てからはほとんど同じですが、それは単なる偶然に過ぎません。ですから、この共同体に対しての私の望みは、それが存在することと言うより、それが生成することです。成長ではなく生成です。成功ではなく生成です。早稲田大学現代文学会は今幸いにも部室を有していますが、永く存在して欲しいのは、極言すれば、人が集まる場、それだけであると思います。

そのとりあえずの今、ここを表すものとして、私はあまりにもそれらしく、自分の携帯電話のメモ帳にあった、どこから引いたのかはっきりしないニーチェの一節を置いておきます。おそらくアガンベンの『開かれ』からの孫引きではないでしょうか。

 

  われわれは真理によって駄目になってしまわないために、芸術を持っているのだ。

 
 

Mare vol.2掲載内容の紹介

皆さんこんにちは。入稿いたしました会誌「Mare vol.2」の掲載内容を公開します。

カバーはこちらのようになっております。
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こちらが目次となっております。

序文 津川仁志

インタビュー 堀千晶 お料理について お話しさせていただきます

評論 「お料理について お話しさせていただきます」について 佐藤正尚

小説 食べたって減るもんじゃなし 石井桔梗

評論 小川未明の宇宙的恐怖 ――「白い影」と感想文 木田知徳

小咄 ひとわらい 結谷智文

小説 暗渠 磯山煙

という感じです。目玉のインタビューに加え、評論と掌編小説がそろっております。ぜひお買い求めください。第二十二回文学フリマ東京「タ―41」でお待ちしております。

2016年度前期新歓企画について

 こんにちは、幹事長の五十嵐です。

 先日Twitterの公式アカウント(@genbun_e515)でなんとなくお知らせしてましたが、4月から行われます現代文学会2016年度前期新歓の企画の詳細が決まりました!当会らしく非常に多様な内容となっております。企画の内容に興味を持った方、サークルそのものに興味がある方、その日その時偶然暇な方、みなさんお気軽にご参加ください!

 読書会、勉強会はいずれも16:30から学生会館東棟5階E515の現代文学会部室において。レクリエーションの開始時刻と集合場所についてはそれぞれの詳細をご確認ください。日程は以下の通り。

4月7日(木) 読書会:カフカ「判決」
4月11日 (月)レクリエーション:名画座で映画を観てみよう!
4月13日 (水)読書会:安部公房「赤い繭」
4月17日 (日)レクリエーション:東京新歓遠足
4月20日 (水)勉強会:現代詩とは、なにモノか?-どこから来て、どこへ行くのか-
4月22日 (金)勉強会:メンズ・スタディーズ入門
4月30日(土) 読書会:ミュラーハムレットマシーン」
5月3日(火) 勉強会:現象学的心理学

 詳しい内容は以下の通りです。

4月7日(木)
読書会:カフカ「判決」

(担当:五十嵐遥也)

 あらゆる意味で20世紀を象徴する小説家フランツ・カフカ。掌編ばかり並んでいる極薄の処女作品集『観察』を経て、彼が1912年に初めて書き上げた短編小説がこの「判決」(Das Urteil)です。一晩で書き上げられたと伝えられるこの作品は、寓意的な題材とあまりにも謎めいた結末を具えており、作家の魅力を端的に感じることができます。バタイユベンヤミンドゥルーズ=ガタリなど名だたる人々の様々な読解にも関わらず未だに膨大な数の論評を毎年生み出すのがカフカの作品です。五十嵐は今回読書会を二つ企画しましたが、こちらは比較的――あくまで「比較的」ですが――気負わず読めるものとして用意しました。短い作品ですので、こちらで作品のコピーを印刷し、配ってその場でそれを読む形式にします。事前に読んでくる必要はありません。みなさんお気軽においで下さい。
 一応、以下に翻訳が収録されている文庫本を載せておきます。

池内紀訳『カフカ短篇集』(岩波文庫、1987年)
    『流刑地にて――カフカ・コレクション』(白水Uブックス、2006年)
丘沢静也訳『変身、掟の前で、他2篇』(光文社古典新訳文庫、2007年)
柴田翔訳『カフカ・セレクション〈2〉 運動・拘束』(ちくま文庫、2008年)
原文が読めるサイト:http://gutenberg.spiegel.de/buch/franz-kafka-erz-161/23


4月11日(月)
レクリエーション:名画座で映画を観てみよう!

(担当:中田雅人)

・時 あなたの好きな時間帯。詳しくは下記参照。
・参加費 1100~1300円(学生証を提示すれば1100円です)なお、当日の状況によって更に割引致します。詳しくは下記参照。
・集合場所 「早稲田松竹」前。詳しくは下記参照。
・内容 ジャン=リュック・ゴダール監督特集『男性・女性』(1966年、105分)『女と男のいる舗道』(1962年、85分)の二本立て。

 皆さんは映画をよく観ますか? もしそうなら「家で観る」派でしょうか、それとも「劇場で観る」派でしょうか。もちろん最新の話題作なら劇場に行く必要がありますが、定額料金さえ払えば映画だけでなく、海外ドラマや過去のアニメまで観放題というコンテンツが今は充実しているので映画館とは縁遠い人もいるかもしれません。それだけに、映画産業の一部は斜陽の一途を辿っています。シネコンや前述したサービスの台頭により、80~90年代の映画ブームを牽引してきた劇場が次々と潰れてしまいました。ただ現時点でまだ敢然として頑張ってくれているのが「名画座」という存在です。
 名画座というのは簡単に説明すると、少し前に上映が終わってしまったけどまだホットな映画、あるいは一つのテーマを決めて特集を組み、しかも割安で鑑賞できるタイプの劇場です。そして高田馬場には「早稲田松竹」という伝統ある劇場があります。ならばスクリーンで一度映画を「体感」してみようというお気楽なイベントでございます。「わざわざ行く」ではなく、ちょっとした「アトラクション」だと思ってなんとなく来てみてください!
 尚、本イベントは予告なく中止になる場合があります。ご了承ください。

【重要事項】:15:20開映『男性・女性』上映終了後の17:10~18:00にかけて、わたくし中田が劇場前にいます。お声をかけてくだされば、いくばくかの入場料を還元させていただきます。もしくは時間に余裕のある方等いらっしゃいましたら、その後懇親のための食事会等を予定しています(参加費はこちらが一部負担致します。おトクです)

目印→身長155㎝程度。右腕をギプスで吊っている
  →表紙が真っ赤な本を携帯(深い意味はなし)

なお、「早稲田松竹」は一般的な劇場とは異なる入場システムになっていますのでご留意ください。詳細情報やアクセスなどは、早稲田松竹の公式サイトhttp://www.wasedashochiku.co.jp/index.html
をご参照ください。

参加してみたい方は「早稲田大学現代文学会」宛に何らかの(公式サイトやツイッターでも何でも)事前連絡をしていただけると助かります。
もちろん飛び込みでも大歓迎です。


4月13日(水)
読書会:安部公房「赤い繭」

(担当:藤原歩)

 現代文学会は悲劇的な人員不足に陥っています。他にもサークルが多々ある中、何故あなたは来るのか??あるいは来ないのか???私はとにかく「赤い繭」を読みます。
 扱う資料は『壁』(安部公房著、昭和44年5月20日新潮社発行)です。この本は三部に分かれており、その三部目が今回扱う『赤い繭』です。これは、昭和25年に『三つの寓話』と題して発表された『赤い繭』『洪水』『魔法のチョーク』というこれまた三部の短編に『事業』を足したものになっています。なんだかややこしいですね。予定では『三つの寓話』の箇所を読もうと思っています。
 複数人での読書もまた面白いよ(ね)、というのと、持ち物は特に求めませんよ、というのと、文章は未読/既読問わず、というのを伝えておきます。私は期待の具現として刷ってきた小説「赤い繭」のコピーの中から一部を抜いてあなたに渡し、「ああ、これでやっと休めるのだ。夕陽が赤々と繭を染めていた。これだけは確実に誰からも妨げられないおれの家だ。だが、家が出来ても、今度は帰ってゆくおれがいない。」私は司会としてあなたたちに感想を求め、それを書き出し、そしてまたあなたたちはそこから何かを見出すかもしれません。私はあなたを心から歓迎します。


4月17日(日)
レクリエーション:東京新歓遠足

(担当:佐藤正尚)

・時 13:00~16:00
・集合場所 学生会館1階ピアノ前
・予算 2000~3000円
・コース 原宿、明治神宮、新宿、早稲田大学
・備考 晩御飯を食べる会も開きます。早稲田大学の近くで済ませます。

 現代文学会は新歓に際してお花見読書会などの試みを行ってきましたが、今年は都内の有名な場所を新入生の皆さんと巡る遠足を行いたいと思います。早稲田大学は様々な郷土からお越しになられた方が多く、こういった機会が学生生活をより充実させる助けになれば、と思っています。現代文学会に興味がある方はもちろん、先輩に学生生活のことを聞きたい、都内の様子を知りたいという方もどうぞお越しになってください。


4月20日(水)
勉強会:現代詩とは、なにモノか?-どこから来て、どこへ行くのか-

(担当:平良章吾)

 詩は何の中から発見されるのか。岩波文庫谷川俊太郎詩集の中に書いてある文字列?スカイツリーの宣伝文句?いや、エクリチュールに限らず、きれいに調和したもの言わぬ風景を見つめ続けていると、何やら語りかけてくるものを感じる。目にうつる全てのことは(詩的な)メッセージ、だといえるかもしれない。
 現代詩(とりわけ今回は戦後詩)とは、あまたある詩の中の一分野である。今回の勉強会では、現代詩の発生のあらましや、それの衰退について発表する予定です。あわせて、(現代)詩のハウツー、つまり鑑賞の仕方についても考察を行うつもりです。予備知識としては、現代詩とは、主に日本語を用いて、戦後以降に書かれた詩であると乱暴に解釈して来て頂いて差し支え無いです。以下はプログラムです。

0.はじめに-現代詩とはなにモノか?-
1.現代詩の成立、あるいは伝統からの断絶
2.現代詩の「終焉」をめぐって
3.すべてがコピーになる-なにが詩で、なにが詩でないのか-
4.Welcome to the desert of GENDAI-SHI
5.おわりに-現代詩とはなに?モノか?-
補.国内詩と海外詩
 以上、予定。


4月22日(金)
勉強会:メンズ・スタディーズ入門

(担当:津川仁志)

 新入生のかたはこれからの大学生活のなかで一度ぐらいはフェミニズムにふれるとおもいます。ではマスキュリニズムはどうでしょうか? 「ジェンダーは身体的な性別に付与された知」であるならば、「女性身体に付与された知」とおなじく「男性身体に付与された知」も研究対象になるべきではないでしょうか?
 伊藤公雄を嚆矢として「男性学」をなのる研究者は日本にも何人かいますが、「フェミニズム」「ジェンダー」「クィア」のように大学で講義が設置されることはおろか、男性という集団を学術的対象としてあつかうための学会すら日本には存在しないのが現状です。女性運動やLGBT運動にくらべて男性運動が日本では活発ではないことが理由として考えられますが、「運動がないから学問がなく、学問がないから運動がない」という悪循環に陥っているとも言えます。
 この勉強会では、男性研究について日本語でかかれたふたつの論文を私の関心にそくして紹介、解説します。フェミニズムジェンダークィアに興味があるかたもこれからの勉学において参考になるはずですので、ご参加いただければとおもいます。 


4月30日(土)
読書会:ミュラーハムレットマシーン」
             
(担当:五十嵐遥也)

 ドイツにおいてブレヒトと並び称される劇作家ハイナー・ミュラーが、戦後東ドイツでシェイクスピアの『ハムレット』を演出した結果産み出してしまった「何か」が上演不可能な戯曲「ハムレットマシーン」(Die Hamletmaschine)です。原文にして数ページ、邦訳でも大きめの活字で12ページくらいしかない作品ですが、当時の世界の状況、『ハムレット』の構成要素、その他諸々が濃密に絡み合いたいへん圧倒的なテキストとなっております。まともに筋立てて読むことははっきり言って無理です。みなさんといっしょに文章の中を彷徨うような体験が出来ればと思っています。攻撃力のある文章に飢えている方はぜひお越しください。
 何せ短い作品なので、こちらで作品のコピーを印刷し、配ってその場で読む形式にします。事前に当該作品を読んでくる必要はありませんが、シェイクスピアの『ハムレット』の内容を把握しておくといいかもしれません。
 一応、翻訳の載っている書籍を紹介しておきます。

岩淵達治、谷川道子訳『ハムレットマシーン:シェイクスピア・ファクトリー』(未来社、1992年)


5月3日(火)
勉強会:現象学的心理学

(担当:赤木裕昭)
 
 この勉強会では、フッサール現象学を心理学との関係で扱います。
 現象学は20世紀はじめにフッサールが提唱し、その後ハイデガーサルトルメルロ=ポンティデリダなど多くの哲学者に影響を与えた現代思想の大きな一つの原点になっている哲学です。学問としての現象学は、学問一般の基礎づけという役割を担っており、化学や心理学といった経験科学と横並びに成立している学問ではありません。
 このような現象学は、本質学でありまた同時に超越論的な学でもあるという2点で経験科学とは異なっているものであり、この二つの学の性質を獲得する作業がそれぞれ超越論的還元と形相的還元です。
 現象学のこうした基本的な考え方を明らかにした上で、後半では再度現象学と経験科学との関係を問い直します。
 現象学は本質学として事実学である経験科学の基礎となるものであり、科学の基礎を問い直す必要がある場合には現象学的な考え方が必要になります。この本質学としての現象学が経験科学に対してどのような貢献を成し得るのかを、精神病理学的現象学を提唱した精神医学者であるビンスワンガーの論文を手掛かりに考えます。


 以上です。みなさんどうぞお出でください!
 ブースの情報などはまた後日連絡します。

Mare掲載内容の紹介

Mare 更新情報

皆さんこんにちは。今回は新会誌「Mare」の完全な掲載内容を公開したいと思います!

カバーはこちらのようになっております。

 

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 *表紙で用いられている図版は以下のパブリックドメインの雑誌から採用されています。J.BOYER,« La lumière colorée et les plantes », La Nature,  n°1828-1853, 1908, p.304. なお、この雑誌を公開しているCNUM(Conservatoire national des arts et métiers)から公式に販売に伴う図版の使用許可をいただいております。また、この写真を無断で転載することはCnumの図版使用ガイドラインに抵触する恐れがありますのでお気をつけください。

 

こちらが目次となっております。

序文「その小汚い前足をどけろ。」 結谷智文
1.対談 仲山ひふみ×佐藤正尚「言葉を中華鍋で焼く」
2.小説「転覆」 磯山煙
3.評論「『内面形式』とは何の謂か——横光利一とテクスト解釈」 片倉直弥
4.小説「すぅ、」 中田雅人
5.インタビュー 菊地浩平「人形を見る 人形が見る」
6.小説「落下」 石井桔梗
7.研究ノート「フランスにおける新しいドラクエ4コマ研究のためのカイエ」 村松亮一郎

 

という感じです。目玉の対談・インタビューに加え、評論、研究ノートがあり、今回は小説も多めとなっております。ぜひお買い求めください。文学フリマカ-53」でお待ちしております。

新雑誌「Mare」頒布のお知らせ

文学フリマ Mare

皆さんこんにちは!

 

今回は11/23の文フリで頒布予定の当会会誌、「Mare」に関してのお知らせです!

今回のテーマは「Heartless」となっており、心がないということや、そうした事態についての小説、論考、批評などを掲載する予定です。雑誌の性格としては、基本的にLibreriを引き継いだものとなっております。

また、今回は創刊号ということで2つの豪華インタビューも収録させていただくことになりました!

1つめは、美術・音楽・哲学など、幅広いジャンルで活躍されている仲山ひふみさんと当会会員が、思弁的実在論と文学についてお話しさせていただきました。

2つめ、人形劇及び人形に関するもの全般の研究者であり、早稲田大学文化構想学部表象・メディア論系助教授の菊地浩平先生に、人形と人間との関わりについてお聞きしました。

というわけで非常に充実の内容となっております。当日、2階Fホールのカ-53にてお求めください。試し読みも歓迎いたします。

また、個々の作品、論考の詳細については後日お知らせしますので続報をお待ちください!

2015年度後期新歓についてのお知らせ

こんにちは。幹事長の片岡です。

現代文学会では4月だけでなく後期にも会員による新歓勉強会・読書会を毎週行います。下記の日程で、場所は学生会館の E515(部室)で行います。参加は事前連絡不要ですので、ご自由に!  勉強会後には、軽い食事会があるかもしれませ ん。 

 

新歓活動日程

10月 13 日(火) 14:45-16:30

読書会「ボルヘス「八岐の園」」(五十嵐)

現代文学会では短編作品を中心として読書会を不定期で行っています。現代文学会の読書会と他の文芸サークルの大きな違いはそのゲーム的な形式性にあります。どんな感想を言っても必ずうまく話が連続するように整えられたこの読書会というゲームに参加するだけで、1人では決して得ることのできない読書体験を得ることができます。本を面白く読むということがどういうことかを感じたい方はぜひ私たちと一緒に読書会をしてみませんか? ちなみにこの取り上げる作品は非常に短いので読んでこなくともその場で配布もします。お気軽にいらっしゃってください。

今回扱うのはボルヘス「八岐の園」鼓直訳『伝奇集』(岩波文庫)所収)です。ラテンアメリカ文学の代表的作家の一人(魔術的リアリズムではないらしい)ボルヘスの作品です。第一次大戦中を舞台にしたミステリ仕立ての物語がいくらか形而上に滑り入りながら20pに凝集されています。コピーも何部かは用意しますが、『伝奇集』は手元に置いておいて損のない本だと思います。本屋の岩波文の赤のコーナーの一番端っこの方を探せば大体あります。 


10月 17 日(土) 16:30-18:00

バルザックの『人間喜劇』における『哲学的研究』について」(平良) 

バルザックは、主に18世紀末に生まれ、19世紀半ばまで活動していたフランスの作家です。その人物像は、常に借金取りに追い立てられていたとか、大変な大食らいであったとか、様々に伝えられていますが、ともかく多くの作品を残しました。
バルザックは、自身の作品群を「人間喜劇」と呼び、時には登場人物を再登場させたりして、一つの大きな体系を作りました。
そしてその「人間喜劇」は、バルザックによれば3つのカテゴリーに分割されます。すなわち、「風俗研究」、「哲学的研究」、「分析的研究」です。
今回の勉強会では「哲学的研究」にフォーカスを当て、バルザックが探究した「哲学」とは何を指していたのかということを、(「哲学的探究」の一作品である)『セラフィタ』を主に取り上げて論じます。
ちなみに勉強会で言及する作品については当日あらすじを説明するので、特に前知識は必要ないです。
それでは、よろしくお願いします。

  

11月 2日(月) 16:30-18:00

「肝臓は文字の上で慄へるか ――文学におけるリアリティ――」(片倉)

文学においてリアリティが軽視できない要素であることは、今更繰り返すまでもあるまい。だがしかし、それではリアリティとは何の謂いなのか。それは必ずしも自明ではない。例えばリアリティの不足を意味する「人間が描けていない」という言葉の意味について共通了解を取ることの困難を思えばそれは決して突飛な意見ではなかろう。

「人間が描けていない」、或いは「真実味がない」といった批判は、(決してそれに限定されるわけではないが、少なくとも)明治大正の日本近代文学における常套句といっても差し支えなかろう。では、批判者らがそこでいう真実味や人間、換言すればリアリティとは如何様なものであろうか。それは必ずしも判然としない。抽象的な言辞を弄するにもかかわらず、彼らはそれを詳論することはしないのである。一見すると厳然たる基準に裏打ちされたかに見えるこれらのクリシェは、それゆえむしろ甚だ場当たり的なものに他ならなかった。文芸批評の場においてこのような言葉を振り回し曖昧な「リアリティ」を求めた当時の大家には、リアリティを巡る体系的な文学論が欠けていたのである。

1920年代に興隆したプロレタリア文学、そして新感覚派は、作品を評価する確固とした理念を有しているという点で紛れもなく上に述べたような既存の文学とは一線を画したものであった。今回はそのうち後者、新感覚派を主に取り上げる。

話の中心となるのは、プロレタリア文学と勢力を二分した新感覚派、就中その棟梁格であった誰あろう横光利一である。プロレタリア文学に対抗して独自の文学論の建設を目指し世に謂う形式主義文学論争で「形式とは文字の羅列である」なる有名な発言をした横光は、文芸作品の価値を、つまりはリアリティを単なる印象ではなく作品の構成要素である文字に遡って考えた点で疑う余地なく体系的な文学論を構想していた一人といえよう。尤も、残念ながらそれは横光一流の言葉遣いのため必ずしも正当に評価されてきたわけではない。横光の思考を見直すことを通じて、一筋縄では理解しにくい概念であるリアリティとの一つの向き合い方を披露出来れば幸いである。


 他にもあるかも……続報を待て!

2015年度前期新歓勉強会について

更新情報 新歓活動

こんにちは。幹事長の片岡です。新歓ブースにお越し頂いた方にも同じ内容の書かれた紙を配布しますが、お時間などとれない方のために今後の新歓活動の日程と詳しい内容を記しておきました。お気になったところにぜひお越し下さい。

まず前提として、会員による新歓勉強会・読書会が毎週行われます。下記の日程で、学生会館の E515(部室)で14:45〜18:00に行います。参加は事前連絡不要ですので、ご自由に!  勉強会後には、軽い食事会があるかもしれませ ん。 また、4月27日(月)18:30からは、新歓コンパが開催されます。新歓コンパについての詳細は、新歓メールリストや Twitter、 このブログにて後日告知されます。

 

新歓活動日程

4 月 6 日(月)「シュルレアリスム入門──それって文学?」(佐藤)

シュルレアリスムが何なのかを知らなくとも、『シュルレアリスム宣言・溶ける魚』や『ナジャ』といった本を知っている人がいるかもしれません。シュルレアリスムとは、その二冊の本を書いたアンドレ・ブルトンという人を中心にして始められた文学運動です。ところで、このシュルレアリスムという文学運動は本邦では長らく誤解されてきました。それは、例えばシュルレアリスム絵画展が開かれるばかりにシュルレアリスムは絵画の運動のものであると思うとか、澁澤龍彦巌谷國士の本を読んだためにある種のアングラなサブカルのような印象を受けるといったものです。しかし、1980年代以降フランスでもシュルレアリスム研究は大きく進み、その成果に接した本大学教授である鈴木雅雄によってこの10年間で日本でのシュルレアリスム研究も格段の進歩を遂げ、このようなものの多くが思い込みにすぎないことが知られるようになってきました。この発表では、その研究の一端を噛み砕いて説明することで、シュルレアリスムの面白さを伝えたいと思います。そして、文学に関心のある方に、今までとはかけ離れた文学像を知ることで新たな文学との付き合い方をお見せできればと思っています。

 

4 月 11 日(土)「政治哲学入門──英米倫理思想事始」(平良) 

「人を助けるのに理由が必要か」──近年よく論じられることの多いこのようなありふれた問いに対して、あなたならどのように答えるだろうか。
 例えば、川で溺れている人がいたとしよう。ある人は、その人を助けるのに理由なんていらない、なぜならそんなことはよく考えればわかる常識だから、と答えるかもしれない。そして一方では、何かしらの見返りを心の内に期待して救助をする人もいるかもしれない。
 多くの英米圏の思想家たちは、このような倫理的(道徳的)な問いと長く格闘してきた。上記のものをはじめとして、様々な倫理的立場は彼らによって類型を与えられ、そして発展・進化してきたのである。
 この勉強会では、時代の新しい倫理理論を開拓していった思想家たちを紹介しつつ、主に英米圏の倫理思想の潮流を概説することを目的としている。時間の関係上、もしも説明を省きすぎた部分があれば、質問等に応じて適宜補足もするつもりである。
 勉強会を通じて、自分が抱く道徳的立場がどのように思想史の中で生み出され、また後の時代では乗り越えられるべき課題として考えられてきたのかを自覚してもらうことが目標である。

  

4 月 14 日(火)「精神分析入門──何のための精神分析か」(片岡)

精神分析、あるいはフロイトという言葉を聞いたことがある人は多いでしょう。多くの人は歴史の授業や教科書の中で目にしたという程度でしょうが、心理療法に興味のある人は、古く用いられていたが今では廃れてしまった過去の精神療法だ、と言うかもしれません。ましてやフロイトの後継者のラカンに関しては、名前も知らないという人が多いでしょうし、知っていたとしても現代思想の論客と思っている人がほとんどでしょう。そのような状況の中で、現代の日本で精神分析を、それもラカン精神分析を実践するというお話しをすると目を丸くする人も多いかもしれません。精神分析が衰退した(と言われている)理由としては、現在は薬物療法認知行動療法などの発展によって、精神分析より安価かつスピーディに症状を治癒させることができるようになったという状況があります。いまや、一回の面接に5000円から1万円も必要とし、週数回の面接を10年近くも続ける精神分析など不要になった、と思う人も多いことでしょう。しかしこれらの療法と精神分析を直接に比較することはできません。というのも、精神分析が目指すものとこれらの療法が目指すものは根本的に異なっているからです。これらの療法が症状を「治す」ことを目的としているのに対して、精神分析は症状が治癒するかどうかは二次的な問題とします。それでは、精神分析の一番の目的とは何か、つまり何のために精神分析はあるのか──この勉強会では、そのことを皆さんにお伝えしたいと思います。

 

 4 月 16日(木)「小説創作入門──ゲンブン・ライティング・スクール・リブート」(佐藤)

昨年の8月下旬から4回に渡って「ゲンブン・ライティング・スクール」と題し第25回早稲田文学新人賞投稿を目指して勉強会を行ってきました。結局のところ応募するところまで行き着いたのは本勉強会を開催した私1名でしたが、その作品は無事に一次予選を通過することができました。そこで、前回の勉強会のレジュメをみなさんに配布し、勉強会では何を行ったのかを振り返りながら、実際の創作に際して考えられる諸問題を改めて取り上げます。そして、「小説を書くことについて考えること」とは一体どういうことなのかを実作に興味のあるみなさんと考えたいと思います。これから小説を書こうとしている方やこれまで書いてきた人、あるいはすでに単行本を出している方も、ぜひお越しください。

 

4 月 18 日(土)読書会「円城塔『捧ぐ緑』を読む」(佐藤)

現代文学会では短編作品を中心として読書会を不定期で行っています。現代文学会の読書会と他の文芸サークルの大きな違いはそのゲーム的な形式性にあります。どんな感想を言っても必ずうまく話が連続するように整えられたこの読書会というゲームに参加するだけで、1人では決して得ることのできない読書体験を得ることができます。本を面白く読むということがどういうことかを感じたい方はぜひ私たちと一緒に読書会をしてみませんか? ちなみにこの取り上げる作品は非常に短いので読んでこなくともその場で配布もします。お気軽にいらっしゃってください。
(取り扱う作品の書誌情報は以下のとおり。円城塔『バナナ剥きには最適の日々』、ハヤカワ文庫、2014年、pp.119 - 137

 

 4 月 21 日(火)「ロゴセラピー入門──人生の意味を扱う心理学」(赤木)

皆さんは充実した毎日を送っているでしょうか?もしそうであるならそれでいいのですが、そうでない方もいるかもしれません。大学生になって途端に増えた時間をどう使えばいいか分からない、受験で落ちたとか失恋とかで絶望した気分である人もいるかもしれません。そうした人たちは自分を生き生きとさせてくれるような価値や意味を見いだせない状態にあると思います。今回私が紹介するロゴセラピーというのは、そうした私たちにとってもっとも日常的な問題、すなわち人生における意味の問題を中心にすえた心理学の理論です。この理論は別名で実存分析とも呼ばれ、フランクルによって創始されました。フランクルは「夜と霧」という本で第二次世界大戦での強制収容所での体験を描いたことでも世界的に有名であり、知っている人もいるのではないでしょうか。学問的にはフランクルはマックスシェーラーなどの実存哲学、フロイトに始まる深層心理学から大きく影響を受けており、実存分析はその20世紀前半の二大思想の一つの到達点ともいえます。今回の勉強会ではそのフランクルの簡単な紹介、ロゴセラピーの他学派への位置づけ、またその理論における主要な概念を説明します。

 

 4 月 22 日(水)「小川洋子入門──二皿のあいまいな料理から」(五十嵐)

現代文学会のOBの一人に、小説家の小川洋子さんがいます。彼女の作品は、代表作とされる『博士の愛した数式』をはじめ独特の魅力を持って、日本のみならず、翻訳されて欧米の人々にも多く読まれています(フランスで映画化された作品もあります)。しかし、それにも関わらず、彼女の作品のあの独特さを的を射て分析した事例は未だ少ないように思われます。「何を言う、分析など興ざめだ。そのわからなさこそ小川洋子作品の魅力。」と言う方もいらっしゃるかもしれません。そしてそれはある部分的な意味では当たってもいます。一冊の本を手に取った時、それをどう読むかは読者の自由です。ですが、思考停止は避けるべきではないでしょうか。この読者会では、小川洋子作品の全体的な傾向を提案し、そこから具体的に大切な要素である「食事」、ひいては「料理」へと狭めて行くことでそれを確認して行く、というふうにして小川洋子の作品を能動的に「読む」作業を行っていきたいと思います(※多少変わる場合があります)。際して特に準備は必要ありませんが、小川洋子作品
に少しでも触れて来ていただけるとより理解が深まるのではないかと思います。勉強会では『妊娠カレンダー』、『お料理教室』(短編集『まぶた』所収)、『人質の朗読会』第五夜の「コンソメスープ名人」あたりを取り扱う予定です。

 

4 月 25 日(土)「なぜ人間関係は存在しないのか──レオ・ベルサーニと後期ラカン」(片岡、喜田)

私たちの身の回りは人間関係で溢れています。町を歩けば無数の人に出会いますし、食事ひとつするにも店員に交渉しなければなりません。また現在はツイッターなどを初めとしたSNSの発展によって、私たちは恋人から見知らぬ人まで、絶えず様々な人たちとコミュニケーションを取り続けています。そうですから、「人間関係は存在しない」などと言っても意味不明だと思われるでしょう。しかし、そもそも人間関係とは何でしょうか。例えばレストランの店員とは、ある利益関係(客は食事をし、店員は労働から賃金を得る)に基づく契約よって結びついているだけで、真の人間関係とは言えないと人は思うでしょう。しかしそうであればカップルにおいても、彼らは恋愛という一定の利益関係に基づく契約に基づいているだけだとは言えないでしょうか。一見もっとも充溢した人間関係と思われる恋人関係ですが、それすら本当に成立していると言えるのでしょうか──。

かつて精神分析家のジャック・ラカンは、以上のような事態を「性関係なるものはない」という一言によって捉えようとしました。またクィア理論家のレオ・ベルサーニは「自己破砕的で独我論的な享楽」や「非人称的ナルシシズム」などを論じて、個々の異なった人格を互いに尊重する関係性こそが平和で望ましい、といった通念を問い直す思想を展開しています。両者とも、いわゆる通常思われているような「人間関係」なるものに対する挑戦が見て取れます。この対談ではラカン精神分析を専門とする片岡と、ベルサーニの理論を参照しながら日本文学研究を行う喜田が、両者の思想をベースとして、さまざまな分野について語りつくそうというものです。君はそれでも人間関係があることを証明できるか!?

 

 

※「精神分析入門──何のための精神分析か」、「ロゴセラピー入門──人生の意味を扱う心理学」、「なぜ人間関係は存在しないのか──レオ・ベルサーニと後期ラカン」は戸山フロイト研究会合同勉強会となっています。戸山フロイト研究会について訊ねたいことがあればtwitterアカウント@freudtoyamaをご覧になってリプライを飛ばしてください。