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5/26読書会「頭の中の弾丸」(トバイアス・ウルフ)活動報告

今回の読書会について

担当は佐藤。扱った作品は「頭の中の弾丸」(原題 : ‘Bullet in the Brain’)。短編集OUR STORY BEGINS( Bloomsbury: London, 2009)所収。精神的に問題がある文芸批評家が銀行強盗に殺されるまでを不条理コメディのタッチで描いているが、殺される時に見る走馬灯の描写が見事。そこでは‘He did not remember‘が文頭でしつこく繰り返され、詩のようになっていて、韻文的なセンスもある逸品。原書で6頁、担当が訳し下ろしたものは5581字。読書会時間は2時間。以下、担当の報告。

担当からの報告

全体的にどこか性的に感じられるという意見があったが、結果から見てみると正しい意見だったかもしれない。物語中盤で天井を描写するでは過度な視覚の描写がなされ、身体性が描写から消えるとともに唐突な銃殺で始まる脳内の弾丸の描写で身体性が過剰に回復される。そして、物語のクライマックスが明らかに主人公が死んだ後、死ぬ間際の瞬間に置かれるという死を延期する形式。これらがフロイト精神分析の理論と近いと言うのは過ちではないだろう。一次大戦の後に兵士たちが繰り返すトラウマの苦しみは快楽の反復を理論の基礎としていたフロイト精神分析理論の軌道修正を迫り、彼は死の欲動という着想を得る。今回の読書会では新入生が多いことから一般的に言われるフロイト死の欲動の説明とともに、ベルサーニマゾヒズム死の欲動の関係性を論じているのが紹介された。ベルサーニの議論を採用するならば形式的に言って、この小説はマゾヒスティックであり、性的なものを感じるのはそれほど不思議ではない。

また、主人公が文芸批評家になる契機となった言語にエロスを感じる原体験が弾丸を頭の中に入れてから始まるのはconcept「概念」の語源が「妊娠」という意味を持っている(つまり着想を得るというのは自分に何かを孕むこととニュアンスが近いということ)のと近いのでは指摘された。これは特に議論として取り上げられなかったが、本文中にはギリシャ・ラテン古典に関する短い言及もあるので拡張できたかもしれない。

物語自体はとてもシンプルで解釈の議論がなされなかったがかえって小説における描写の問題や形式をうまく描くこととはいかなることなど意見が交わされたので有意義であった。次回からも小説の書き手に重要であると思われる作品を取り上げていきたい。(佐藤)

次回の読書会の予定

7/17(木)超読書会開催。

7/19(土)清水担当。取り上げる作品は三島由紀夫の短編の何か。詳しい開催時間・場所は後ほど発表。