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早稲田大学現代文学会公式サイト(部室は学生会館E515)

カテゴリにある「更新情報」の頁を参考にするとまとまった情報が手に入ります。

2016年度前期新歓企画について

 こんにちは、幹事長の五十嵐です。

 先日Twitterの公式アカウント(@genbun_e515)でなんとなくお知らせしてましたが、4月から行われます現代文学会2016年度前期新歓の企画の詳細が決まりました!当会らしく非常に多様な内容となっております。企画の内容に興味を持った方、サークルそのものに興味がある方、その日その時偶然暇な方、みなさんお気軽にご参加ください!

 読書会、勉強会はいずれも16:30から学生会館東棟5階E515の現代文学会部室において。レクリエーションの開始時刻と集合場所についてはそれぞれの詳細をご確認ください。日程は以下の通り。

4月7日(木) 読書会:カフカ「判決」
4月11日 (月)レクリエーション:名画座で映画を観てみよう!
4月13日 (水)読書会:安部公房「赤い繭」
4月17日 (日)レクリエーション:東京新歓遠足
4月20日 (水)勉強会:現代詩とは、なにモノか?-どこから来て、どこへ行くのか-
4月22日 (金)勉強会:メンズ・スタディーズ入門
4月30日(土) 読書会:ミュラーハムレットマシーン」
5月3日(火) 勉強会:現象学的心理学

 詳しい内容は以下の通りです。

4月7日(木)
読書会:カフカ「判決」

(担当:五十嵐遥也)

 あらゆる意味で20世紀を象徴する小説家フランツ・カフカ。掌編ばかり並んでいる極薄の処女作品集『観察』を経て、彼が1912年に初めて書き上げた短編小説がこの「判決」(Das Urteil)です。一晩で書き上げられたと伝えられるこの作品は、寓意的な題材とあまりにも謎めいた結末を具えており、作家の魅力を端的に感じることができます。バタイユベンヤミンドゥルーズ=ガタリなど名だたる人々の様々な読解にも関わらず未だに膨大な数の論評を毎年生み出すのがカフカの作品です。五十嵐は今回読書会を二つ企画しましたが、こちらは比較的――あくまで「比較的」ですが――気負わず読めるものとして用意しました。短い作品ですので、こちらで作品のコピーを印刷し、配ってその場でそれを読む形式にします。事前に読んでくる必要はありません。みなさんお気軽においで下さい。
 一応、以下に翻訳が収録されている文庫本を載せておきます。

池内紀訳『カフカ短篇集』(岩波文庫、1987年)
    『流刑地にて――カフカ・コレクション』(白水Uブックス、2006年)
丘沢静也訳『変身、掟の前で、他2篇』(光文社古典新訳文庫、2007年)
柴田翔訳『カフカ・セレクション〈2〉 運動・拘束』(ちくま文庫、2008年)
原文が読めるサイト:http://gutenberg.spiegel.de/buch/franz-kafka-erz-161/23


4月11日(月)
レクリエーション:名画座で映画を観てみよう!

(担当:中田雅人)

・時 あなたの好きな時間帯。詳しくは下記参照。
・参加費 1100~1300円(学生証を提示すれば1100円です)なお、当日の状況によって更に割引致します。詳しくは下記参照。
・集合場所 「早稲田松竹」前。詳しくは下記参照。
・内容 ジャン=リュック・ゴダール監督特集『男性・女性』(1966年、105分)『女と男のいる舗道』(1962年、85分)の二本立て。

 皆さんは映画をよく観ますか? もしそうなら「家で観る」派でしょうか、それとも「劇場で観る」派でしょうか。もちろん最新の話題作なら劇場に行く必要がありますが、定額料金さえ払えば映画だけでなく、海外ドラマや過去のアニメまで観放題というコンテンツが今は充実しているので映画館とは縁遠い人もいるかもしれません。それだけに、映画産業の一部は斜陽の一途を辿っています。シネコンや前述したサービスの台頭により、80~90年代の映画ブームを牽引してきた劇場が次々と潰れてしまいました。ただ現時点でまだ敢然として頑張ってくれているのが「名画座」という存在です。
 名画座というのは簡単に説明すると、少し前に上映が終わってしまったけどまだホットな映画、あるいは一つのテーマを決めて特集を組み、しかも割安で鑑賞できるタイプの劇場です。そして高田馬場には「早稲田松竹」という伝統ある劇場があります。ならばスクリーンで一度映画を「体感」してみようというお気楽なイベントでございます。「わざわざ行く」ではなく、ちょっとした「アトラクション」だと思ってなんとなく来てみてください!
 尚、本イベントは予告なく中止になる場合があります。ご了承ください。

【重要事項】:15:20開映『男性・女性』上映終了後の17:10~18:00にかけて、わたくし中田が劇場前にいます。お声をかけてくだされば、いくばくかの入場料を還元させていただきます。もしくは時間に余裕のある方等いらっしゃいましたら、その後懇親のための食事会等を予定しています(参加費はこちらが一部負担致します。おトクです)

目印→身長155㎝程度。右腕をギプスで吊っている
  →表紙が真っ赤な本を携帯(深い意味はなし)

なお、「早稲田松竹」は一般的な劇場とは異なる入場システムになっていますのでご留意ください。詳細情報やアクセスなどは、早稲田松竹の公式サイトhttp://www.wasedashochiku.co.jp/index.html
をご参照ください。

参加してみたい方は「早稲田大学現代文学会」宛に何らかの(公式サイトやツイッターでも何でも)事前連絡をしていただけると助かります。
もちろん飛び込みでも大歓迎です。


4月13日(水)
読書会:安部公房「赤い繭」

(担当:藤原歩)

 現代文学会は悲劇的な人員不足に陥っています。他にもサークルが多々ある中、何故あなたは来るのか??あるいは来ないのか???私はとにかく「赤い繭」を読みます。
 扱う資料は『壁』(安部公房著、昭和44年5月20日新潮社発行)です。この本は三部に分かれており、その三部目が今回扱う『赤い繭』です。これは、昭和25年に『三つの寓話』と題して発表された『赤い繭』『洪水』『魔法のチョーク』というこれまた三部の短編に『事業』を足したものになっています。なんだかややこしいですね。予定では『三つの寓話』の箇所を読もうと思っています。
 複数人での読書もまた面白いよ(ね)、というのと、持ち物は特に求めませんよ、というのと、文章は未読/既読問わず、というのを伝えておきます。私は期待の具現として刷ってきた小説「赤い繭」のコピーの中から一部を抜いてあなたに渡し、「ああ、これでやっと休めるのだ。夕陽が赤々と繭を染めていた。これだけは確実に誰からも妨げられないおれの家だ。だが、家が出来ても、今度は帰ってゆくおれがいない。」私は司会としてあなたたちに感想を求め、それを書き出し、そしてまたあなたたちはそこから何かを見出すかもしれません。私はあなたを心から歓迎します。


4月17日(日)
レクリエーション:東京新歓遠足

(担当:佐藤正尚)

・時 13:00~16:00
・集合場所 学生会館1階ピアノ前
・予算 2000~3000円
・コース 原宿、明治神宮、新宿、早稲田大学
・備考 晩御飯を食べる会も開きます。早稲田大学の近くで済ませます。

 現代文学会は新歓に際してお花見読書会などの試みを行ってきましたが、今年は都内の有名な場所を新入生の皆さんと巡る遠足を行いたいと思います。早稲田大学は様々な郷土からお越しになられた方が多く、こういった機会が学生生活をより充実させる助けになれば、と思っています。現代文学会に興味がある方はもちろん、先輩に学生生活のことを聞きたい、都内の様子を知りたいという方もどうぞお越しになってください。


4月20日(水)
勉強会:現代詩とは、なにモノか?-どこから来て、どこへ行くのか-

(担当:平良章吾)

 詩は何の中から発見されるのか。岩波文庫谷川俊太郎詩集の中に書いてある文字列?スカイツリーの宣伝文句?いや、エクリチュールに限らず、きれいに調和したもの言わぬ風景を見つめ続けていると、何やら語りかけてくるものを感じる。目にうつる全てのことは(詩的な)メッセージ、だといえるかもしれない。
 現代詩(とりわけ今回は戦後詩)とは、あまたある詩の中の一分野である。今回の勉強会では、現代詩の発生のあらましや、それの衰退について発表する予定です。あわせて、(現代)詩のハウツー、つまり鑑賞の仕方についても考察を行うつもりです。予備知識としては、現代詩とは、主に日本語を用いて、戦後以降に書かれた詩であると乱暴に解釈して来て頂いて差し支え無いです。以下はプログラムです。

0.はじめに-現代詩とはなにモノか?-
1.現代詩の成立、あるいは伝統からの断絶
2.現代詩の「終焉」をめぐって
3.すべてがコピーになる-なにが詩で、なにが詩でないのか-
4.Welcome to the desert of GENDAI-SHI
5.おわりに-現代詩とはなに?モノか?-
補.国内詩と海外詩
 以上、予定。


4月22日(金)
勉強会:メンズ・スタディーズ入門

(担当:津川仁志)

 新入生のかたはこれからの大学生活のなかで一度ぐらいはフェミニズムにふれるとおもいます。ではマスキュリニズムはどうでしょうか? 「ジェンダーは身体的な性別に付与された知」であるならば、「女性身体に付与された知」とおなじく「男性身体に付与された知」も研究対象になるべきではないでしょうか?
 伊藤公雄を嚆矢として「男性学」をなのる研究者は日本にも何人かいますが、「フェミニズム」「ジェンダー」「クィア」のように大学で講義が設置されることはおろか、男性という集団を学術的対象としてあつかうための学会すら日本には存在しないのが現状です。女性運動やLGBT運動にくらべて男性運動が日本では活発ではないことが理由として考えられますが、「運動がないから学問がなく、学問がないから運動がない」という悪循環に陥っているとも言えます。
 この勉強会では、男性研究について日本語でかかれたふたつの論文を私の関心にそくして紹介、解説します。フェミニズムジェンダークィアに興味があるかたもこれからの勉学において参考になるはずですので、ご参加いただければとおもいます。 


4月30日(土)
読書会:ミュラーハムレットマシーン」
             
(担当:五十嵐遥也)

 ドイツにおいてブレヒトと並び称される劇作家ハイナー・ミュラーが、戦後東ドイツでシェイクスピアの『ハムレット』を演出した結果産み出してしまった「何か」が上演不可能な戯曲「ハムレットマシーン」(Die Hamletmaschine)です。原文にして数ページ、邦訳でも大きめの活字で12ページくらいしかない作品ですが、当時の世界の状況、『ハムレット』の構成要素、その他諸々が濃密に絡み合いたいへん圧倒的なテキストとなっております。まともに筋立てて読むことははっきり言って無理です。みなさんといっしょに文章の中を彷徨うような体験が出来ればと思っています。攻撃力のある文章に飢えている方はぜひお越しください。
 何せ短い作品なので、こちらで作品のコピーを印刷し、配ってその場で読む形式にします。事前に当該作品を読んでくる必要はありませんが、シェイクスピアの『ハムレット』の内容を把握しておくといいかもしれません。
 一応、翻訳の載っている書籍を紹介しておきます。

岩淵達治、谷川道子訳『ハムレットマシーン:シェイクスピア・ファクトリー』(未来社、1992年)


5月3日(火)
勉強会:現象学的心理学

(担当:赤木裕昭)
 
 この勉強会では、フッサール現象学を心理学との関係で扱います。
 現象学は20世紀はじめにフッサールが提唱し、その後ハイデガーサルトルメルロ=ポンティデリダなど多くの哲学者に影響を与えた現代思想の大きな一つの原点になっている哲学です。学問としての現象学は、学問一般の基礎づけという役割を担っており、化学や心理学といった経験科学と横並びに成立している学問ではありません。
 このような現象学は、本質学でありまた同時に超越論的な学でもあるという2点で経験科学とは異なっているものであり、この二つの学の性質を獲得する作業がそれぞれ超越論的還元と形相的還元です。
 現象学のこうした基本的な考え方を明らかにした上で、後半では再度現象学と経験科学との関係を問い直します。
 現象学は本質学として事実学である経験科学の基礎となるものであり、科学の基礎を問い直す必要がある場合には現象学的な考え方が必要になります。この本質学としての現象学が経験科学に対してどのような貢献を成し得るのかを、精神病理学的現象学を提唱した精神医学者であるビンスワンガーの論文を手掛かりに考えます。


 以上です。みなさんどうぞお出でください!
 ブースの情報などはまた後日連絡します。