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早稲田大学現代文学会公式サイト(部室は学生会館E515)

カテゴリにある「更新情報」の頁を参考にするとまとまった情報が手に入ります。

第2回現代文学会芥川賞受賞作――小野正嗣「九年前の祈り」

第152回芥川賞候補作は次の通りであった。併記されている数字は採点結果である。(12点満点中 採点方式は◎3点、◯2点、△1点、×0点)

 
上田岳弘「惑星」・・・6点

小野正嗣「九年前の祈り」・・・9点

小谷野敦「ヌエのいた家」・・・1点

高橋弘希「指の骨」・・・9点

高尾長良「影媛」・・・3点



〈選評〉

・上田岳弘「惑星」

芥川賞の候補作らしからぬ(?)SF作品。文学の世界において扱いきれぬとされるSNSスマートフォン積極的に採用し、それを作品に絡めようとしたり、メタ的な要素も嫌味なく取り入れ極めて意欲的な作品であったといえる。特に、「未来」という時間軸を過去や現在と同列の時間軸として捉え、それまで盛んに行われていた過去への移行、記憶の往来などにとどまらない新しさを提示し得たように思う。しかし、設定やガジェットの部分において陳腐であったり(人類補完計画テーマ)、有効に活用できていないなど、技術的な面において粗さが目立ったとも言える。それゆえに芥川賞受賞には適さないと判断された。だが前述のように、方向性やその意欲的な部分においては将来有望であり、ここで芥川賞を取ってしまったら逆にダメ、との声も。受賞には至らずとも将来が楽しみな作家である。


小野正嗣「九年前の祈り」

ストーリーそのものや設定自体は使い古されたものであり、平凡。しかし、過去の時間と現在の時間、複数の時間軸を極めて丁寧かつ鮮やかに結びつけ重ねあわせて手腕は非凡である。内容の平凡さを感じさせない。その構成力は候補作中にとどまらず光るものがあった。幼児の比喩(「引き千切られたミミズ」)など、比喩・描写も巧みであり、小説としての技術の高さという点において傷のない作品であったと言える。シングルマザー、国際結婚など、かつてであれば嫌というほど掘り下げられたガジェットも、努めて客観的かつ「技術的」に描いていくことで、強く絡まってしまいかねない使い古された文脈=歴史をドライに切り離したといえるだろう。この作品の上手さ、巧みさは参加した会員の全員が認めるところであり、第2回の現代文学会芥川賞受賞と相成った。


小谷野敦「ヌエのいた家」

平凡な「私小説」。私小説そのものが悪いわけではないが、この作品の場合、父親に関するエピソードや自らの遍歴について語られるも、語られているだけ。内容も空疎極まりなく、それが暴いていく父子の類似性にはユーモアがあるが、結局それも細かな挿話を連続してゆくだけで、何のひねりもなく、強引な印象を受けるため、好みによって評価が別れる形となった。時系列がバラバラにエピソードが紹介されてゆくが、この手法についても意図や効果が感じられず、評価は低くとどまった。


・高橋弘希「指の骨」

この作品は一にも二にも描写力の高さが目立った。今にも倒れそうな兵士の行軍の様子、あるいは既に倒れてしまった兵士の様子。野戦病院の日常など、美しく、時にはグロテスクに描かれており、その描写力と、戦争に対する入念なリサーチは高く評価できる。々とした雰囲気や時折混ざるユーモアなども、若手作家の描く「争文学」と言え、それまでの戦争文学とは一線を画しているとも言えよう。しかし「焼き直し」といった感も否めない部分もあったりセンチメンタルに過ぎる場面もあったりと、意欲的である反面、傷も見られる作品であった。評価としては「九年前の祈り」と同等であったが合議の結果、今回は受賞を見送るという形になった。ただ、その描写力の高さゆえ、今後が楽しみな作家の一人であり、注目していきたいと思う。


・高尾長良「影媛」

日本書紀に登場するモチーフを基盤とし、古語と口語をミックスして描いた作品。単語や漢字、会話が古語で描かれており、入念な下調べが伺える作品ではある。しかし逆に言えば、それだけなのである。描写の鮮やかさなどが目立ちもするが、ストーリーや構成自体は陳腐そのもの。特に、呪術的行為を行える主人公が鳥になりそこからの視点を映すなど、視点移動の手付きも決して上手いとも、新しさがあるとも言えない。偏差値の高さが伺われこそすれ、小説の技巧的側面においては高い評価は与えられないという意見が出た。もしかして直木賞向きでは?との声も。


〈選考を終えて〉
今回の候補作は特別悪い作品があったわけでもなく、平均的にレベルが高かったように思う。また我々の選考した作品と築地で選考された作品が一致しており、受賞作についても文句なしと言ったところである。突き抜けた破天荒ではなく、描写や構成といった小説の技術的側面が丁寧に、かつ高レベルでまとまっていた。全体的に芥川賞「らしい」選考となったのではないだろうか。


(文責 清水)