早稲田大学現代文学会公式サイト(部室は学生会館E515)

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続報!第3回シンポジウム「ものみなウタではじまる?」開催のお知らせ(後期新歓活動)

こんにちは。

この度、以前告知させていただいたシンポジウム「ものみなウタではじまる?」の詳細な日程が決定しましたのでお知らせいたします。
本シンポジウムは、詳細は以前の記事を読んでいただければと思いますが、簡単に言うと何名かの現代文学会員が「ウタ」にちなんだ発表を行うというものです。
各自自らの専門というよりは「好きな」分野での発表となると思いますので、お気軽にご参加いただけると思います。
当日は以下のように進行いたします。

10月18日(土) 会場:学生会館W503


15:00〜15:40 喜田(M1)「たくまざる誘い——異種混淆性、石原慎太郎、ウタ」
15:40〜16:20 佐藤(B3)「誰も詩を読まないーー井坂洋子について」
16:20〜16:30 休憩
16:30〜17:10 片岡(B2)「正しく=よく聴かなければならないーー日本フォークのコンサート」
17:10〜17:50 山田(M1)「遊ぶ言葉ーーMCバトルという文化」
17:50〜18:10 休憩
18:10〜 質疑応答

以上の通りです。
それでは、各発表の概要について紹介します。

・喜田(M1)「たくまざる誘い——異種混淆性、石原慎太郎、ウタ」
この発表では石原慎太郎とウタの関わりについて、様々な仕方で触れていきます。とりわけ昭和48(1973)年5月に刊行された石原の『新和漢朗詠集』に注目します。
この本の副題「現代に息づく日本人の鼓動[ルビ:ビート]」は示唆的です。というのも、日本の伝統文化なるものの称揚が、それをなし崩すもの——いわば「現代のビート」——と併存ないし混淆しているように見えるからです。この発表では、そうした事態に着目したいと思います。


・佐藤(B3)「誰も詩を読まないーー井坂洋子について」
昨今の日本の文学事情では三角みずき、最果タヒ、暁方ミセイといった詩人なしに恐らく詩の詩の字もない。彼女たちのスタイルの系譜を遡れば伊藤比呂美などいるのだろうが、あえて同時代の井坂洋子を選ぶのはなぜか。それはまず、彼女が伊藤とは違って『現代詩手帳』といった商業誌に投稿せずデビューした特殊な事情ゆえであり、二つ目にスキャンダラスなスタイルをとった伊藤とは全く別の方向にいたためであり、三つ目に彼女は同じテーマを反復し続けることが魅力となっているからである。この発表では詩の読解の仕方の歴史すなわち批評史に簡単に触れながら井坂洋子の換喩の体系を読み解く。最後に余力があればこの国における詩という文学形式について一考を投じる。

・片岡(B2)「正しく=よく聴かなければならないーー日本フォークのコンサート」
日本フォークの歴史を、60年代後半から70年代に行われた大規模コンサートの観点から紹介します。日本において、若者がギター一本で奏でるようなフォーク・ミュージックは、一つ娯楽としてのポピュラー・ミュージックであるだけでなく、あるいはそれ以上に、一つのムーブメント、あるいはアンガージュマンであることが期待されていました。そしてフォークのコンサートも、音楽を聴く場である以上に、一つのイベントとして求められていました。その事についてお話ししたいと思います。

・山田(M1)「遊ぶ言葉ーーMCバトルという文化」
HIPHOPという音楽ジャンルの一要素としてある「MCバトル」(フリースタイル・ラップ)の紹介を行います。そしてその紹介をしながら、「MCバトル」が深く何と繋がっている文化なのか、そしてそれがどのように拡散されているのか、という点に着目し、一つの文化(これはMCバトルに限らず)を見る視点として「遊び」というものを提示してみたいと思います。MCバトルないしフリースタイル・ラップが「ただの言葉遊びに過ぎない」と言われるのは、むしろポジティブな事態なのではないでしょうか?


それでは当日はよろしくお願いします。