読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

早稲田大学現代文学会公式サイト(部室は学生会館E515)

カテゴリにある「更新情報」の頁を参考にするとまとまった情報が手に入ります。

Libreri21号「特集――犬と猫」、表紙公開ならびに内容紹介!

どうも、幹事長の佐藤です。

当サークルの機関誌であるLibreriの入稿が終わり、いよいよ頒布の時がやって参りました。

5月5日の文学フリマ東京流通センター(ブース番号は2階カ-18)でぜひお手に取っていただきたいので少しずつ内容を紹介していきたいと思います。

というわけで、どんっ!

 

f:id:genbun_e515:20140424102307p:plain

こちらの方が今回の表紙と裏表紙になっております! 表紙は完全書き下ろしのものを、裏表紙には当会マスコットキャラクター「かふぇねこ」をあしらった贅沢な仕様となっております(このかふぇねこも今回のための書き下ろしですよ!)。

さて、みなさんはもう手元に置いておきたい気持ちで一杯になっているかと思いますが、軽く特集の内容紹介をしていきます。

まず、今回はLibreri別冊以外では滅多にない「序文」を付けました。こちらには本雑誌企画の成立過程や、執筆者である私のエッセイが書いてあります。今回は、この雑誌ができるまでの過程を記した場面を抜き出します。

 

 第一九号の別冊として発売した「芥川賞全レビュー」が第二版まで含めて一〇〇冊完売し、昨年逝去したサークル員に捧げた第二〇号も完売という快挙を成し遂げた文学フリマの帰り、疲れきったサークル員たちは高田馬場駅から徒歩五分ほどのところにある串鐵で焼き鳥をつまんだ。煙草を喫む者は紫煙をくゆらせ、そうでない者は漫然としていた。何らイベントもしかけられていない市場での小規模な成功は、大げさに言えばこのサークルにおける二一世紀史上の最高の成功だったのだが、歓声もない。冊子残部もほぼなく、誰も損失を被らない。それに一安心していたのだった。四方山話をする気力もなく、サークル員たちは自然に次の企画について話すこととなった。

 前副幹事長は広報のしやすさを優先するようなものが良いと言った。僕はそれに対して、ならば動物で間違いない、犬と猫でも取り上げればいいと言った。このわずかな会話によって今回の企画は始動した。その時、僕は理由として次のようなことを書けば良いと提案した。

 私たちは「犬と猫、どっちが好き?」と聞かれることに何ら違和感を覚えない。しかし、これは実に不思議なことである。犬と猫は生物学的に言えば、ペンギンと人間くらいには違う生き物であるのに、その二つを並列させることに誰も疑問を呈さないからだ。一方で、犬と猫の代わりに「犬とクジラどっちが好き?」だとか、「ペリカンとリスどっちが好き?」と聞くと多くの人が眉をひそめる。だとすれば、私たちは犬と猫を他の動物の中でも特権的に扱っていることが解る。これを手がかりにして、人と動物の関係をもう一度考え直してみよう。    

鬱々とした感じですが、大丈夫です、雑誌のテンションは高いです!

「人と動物の関係をもう一度考え直す」ために、まず早稲田大学で前年度まで動物人間関係論の授業を持っていて今年の2月に博論を出版した浜野喬士先生への3.4万字(!)インタビュー、さらには日仏英伊語圏の動物論にまつわる参考文献の一覧、論考として「ジャック・デリダの動物論についての覚書」・「剰余動物――精神分析における動物観の紹介とその考察」の2本を備えています。とりわけ浜野先生のインタビューではカント哲学の話から入って人間は動物にどう対峙してきたかを語るもので、永久保存版をうたっても遜色はありません。少しずつこちらも紹介していきたいと思います。

 

ところで、先ほど引用した序文の次に僕はこう書きました。

そう書いてこの序文は終わりを迎えるはずだった。しかし、僕はあまりにも無邪気であり過ぎた。今こうして序文を書いている僕は当初の自分の楽観的な態度に呆れている。人と動物の関係を考えることはあまりにも泥臭く、そして、深い湖の底で泳ぐ魚の呼吸を聞き取るような繊細な作業だったのだ。 

それを教えられたのが先頃博論を出版した浜野喬士先生とのインタビューの場だった。それなりに知識を入れてからいざ対談に臨んだものの、「犬と猫、どちらが好きですか?」という、知識とは無関係と思われる素朴な質問への解答の前にふと発せられた浜野先生の一言が、他のどんな発言よりもずっと忘れられなくなってしまった。

「種として類としてそれを愛するのは可能なんですかね」

 僕はそれが忘れられない一言である理由を考えた。

さて、雲行きが怪しくなってきました……。Libreri21号では何が一体起こっているのか!!!

続きはぜひお手に取ってご覧ください!